吉田 和浩 教授
大学院人間社会科学研究科
国際教育開発プログラム
吉田 和浩 教授
専門分野:教育協力
教育政策と実践の現場をつなぎ、
世界が抱える教育課題に立ち向かう
政策と実践を「つなぐ」ための研究
私の研究テーマは教育分野における国際協力です。現在は3つの側面から国際教育協力に携わっています。1つ目は一研究者として個別の事例研究を論文にすること、2つ目は各国の教育政策実行に携わること、3つ目は政府の関係者と対話して政策決定やその実践に関わっていくことです。それぞれ規模は異なりますが、いずれも政策と実践を「つなぐ」ための課題分析が重要です。
例えば、個別の研究では開発途上国を訪れ、政策が教育現場でどのように展開され、どのような成果に結びついているか、結びついていないとしたらどのような課題があるかを、関係者のヒアリングやデータから分析します。分析後は、政策の浸透状況の評価や現地の教員らとのディスカッションを実施。研究論文として発表するだけでなく、現場の実践へ還元するよう心掛けています。
政策と実践の連携を分析する上では、政策そのものの出来の良さを評価することもあります。2014年から関わったSDGsのアジェンダ策定では、目標4「質の高い教育をみんなに」の項目内容について各国関係者と議論しました。政策評価において重要となるのが「一貫性があるかどうか」という点。政策の目的が現場の実態に合っていなかったり、目的達成に適した課題設定になっていなかったりすれば、実行しても良い結果につながりません。学校に行けない子どもたちのために開発途上国に学校を作っても、その国の社会環境や教員養成などの問題を解消しないと、根本的な解決につながらないのと同じです。SDGsは世界共通の目標なので、各国の実情とアジェンダを整合させるのに苦労しました。
開発に欠かせない社会情動教育
私が研究者になったきっかけは、大学卒業後に就職した商社での経験にさかのぼります。開発途上国で発電所建設の現場監督を担当した際、現地の人々と生活を共にするなかで「開発とは何だろうか」「人が豊かに暮らすとはどういうことなのか」と考えるようになりました。
その答えを見つけるために、海外コンサルティング企業協会の研究員や留学を経て、世界銀行へ入行。ガーナ、ナイジェリア、ザンビアなどの教育プロジェクトを担当し、政府や援助機関と共に、教育政策の策定から実施まで幅広く携わりました。そこでの課題分析や政策評価の経験が、現在の研究へとつながっています。
長年、国際協力に関わるさまざまな仕事をしてたどり着いた答えは、「開発とは人であり、人の開発は、目に見える経済活動や社会活動を通じた外側への開花と、内面の健全な発達とを持ち合わせたものでなければならない」ということ。外側の開発、内面の発達の両輪があるからこそ、より良い社会を構築できると実感しています。
日本では「知・徳・体」の重要性が学習指導要領に明記され、3つのバランスがとれた教育が機能しています。この「徳」にあたる内面の部分に着目した社会情動的スキルとは、心の働きとそれに由来する社会での行動様式を指します。社会情動的スキルが国際的にも注目されるようになったのは、実はここ数年のことです。それまで教育においては、「知」が最重要視されていました。計算や読み書きの能力は、将来仕事に就く上で必要なものだからです。しかし、いくら頭が良くてもそれを悪事に使ってしまえば、社会は悪い方向に転じてしまいますよね。社会性と情動も成長しないと一人一人が豊かになれないし、持続可能な社会は築くことができない。つまり、社会情動的スキルを養う教育は「持続可能な開発のための教育(ESD)」でもあるのです。
山積する課題を解決し、より良い社会を創るために
海外の研究者からは「日本の教育は社会情動教育を備えていて素晴らしい」とよく言われます。ならばそのノウハウを海外へ伝えればいいと思われるかもしれませんが、そう単純なものではありません。国が違えば、住んでいる環境や文化も異なります。また、社会で生きる力を養う教育は、各国の社会状況に大きく左右されます。日本社会の中でうまく機能している理由や特徴を整理して初めて有用なモデルとなり得るのです。
教育には「特効薬」がありません。学校現場によって教員も生徒も違う。教育内容も時代によって変わっていく。条件が一つ一つ違うなかで、山積する課題を解決するには息の長い研究が必要です。そのために私が心掛けているのは、世代や国を超えて多様な人と意見を交換し、交流すること。研究者一人一人のリソースは限られているため、ナレッジやノウハウの共有が少しでも早い解決に至ります。私が重視する「政策と実践をつなぐ目」をできるだけ多くの人に伝えることで、現場に整合した政策が広まり、より良い社会に貢献できると信じています。
平和を希求する大学で学ぶ国際教育開発
ユネスコ憲章の前文に「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」という記述があります。第二次世界大戦が終わったころから、平和と教育は不可分だったのです。そこに鑑みても、平和を希求する精神を理念に持ち、長年教員養成や教育研究で貢献してきた広島大学は、教育開発研究における大きな使命を負っていると考えています。
日本の教育研究機関は、知見を必要とする学校やJICAなどの国際協力機関との連携がまだまだ不十分です。国際教育開発の研究者はそれらを研究によってつなぐ非常に重要な役割を担っているのです。
本プログラムは前身の国際協力研究科のころから、教育現場での実践を見据えた研究を非常に重視しています。実践に問題意識を持った教員や業務経験豊富な留学生が所属。多岐にわたる分野の専門性を備えており、国際教育開発を学ぶには最適な環境です。教育学部出身者に限らず、自国の教育への問題意識をしっかりと持った人や、将来的に教育分野での実践に携わりたい人の入学をお待ちしています。