齊藤 一彦 教授

大学院人間社会科学研究科
国際教育開発プログラム

齊藤 一彦 教授

専門分野:スポーツ国際開発学

体育やスポーツの価値を国内外に発信し、 社会課題を解決する

青年海外協力隊で気付いた、体育科教育の重要性

 皆さんは「スポーツと国際協力」と聞くとどのようなものを思い浮かべるでしょうか。おそらくピンとこない人も多いと思います。私もそんな若者の1人でしたが、大学卒業後に青年海外協力隊に参加したことで意識が変わりました。陸上競技の経験を生かしてスポーツ指導をするため、中東のシリアに行ったのですが、現地には日本のような体系的な体育が行われていない学校が多くありました。

 日本にいる間は体育があるのが当たり前で、その意義や役割なとについてほとんど意識をしていませんでした。しかし、シリアの子どもたちの運動能力や、転び方などを見ているうちに、「体育で習う鉄棒やマット運動等の運動が、体の操作感覚の習得に役立っているのでは」とあらためて強く感じるようになったのです。また、協力隊の活動を経て、スポーツが盛んな地域はそうでない地域に比べて人々が明るく、倫理観が備わっている傾向があることにも気付きました。スポーツが社会の発展に寄与するのではないか、体育やスポーツの持つ役割についてもっと追究したいと考え、研究の道に進みました。

 大学院に入り研究の初期段階で、日本とシリアの子どもたちの体力測定結果を比較してみました。すると、筋力、筋持久力などの基礎体力は同程度だったのですが、瞬発力や敏しょう性などでは、日本がシリアを大きく上回りました。体力テストで言うと、反復横跳びや立ち幅跳びなどが該当項目ですね。日本人の方がそれらのスコアが高かったのは、体育の授業が体系的に行われているからだと思います。子どもの頃に身に付けないとその後に発達しにくい能力もあり、体育がそれらを伸ばす役割を果たしていることに改めて気づかされました。

 これらの経験から、体育・スポーツの国際協力の意義や重要性を実感し、現在は体育・スポーツが社会開発にもたらす役割などを検証する研究を行っています。

開発途上国の体育科教育を取り巻くさまざまな課題

 開発途上国では、スポーツに取り組みたくても取り組めない環境が多くあります。例えば、学校には部活動のようなものがなかったり、体育の時間があっても授業としてきちんと実施されていなかったり。交通が発達しておらず、競技場などのスポーツ施設に行きたくとも、気軽にアクセスできないという事情もあります。

 また、それ以前に体育が軽視されがちであることも要因です。私は海外の教育関係者から体育の存在意義について問われることがあります。その際、以下の3つの理由を伝えたりしています。1つ目は、体格、体力・運動能力の発育・発達に大きな影響を及ぼすこと。特に人間の発達メカニズムでは、年齢によって身に付く能力が異なります。子どもの頃にいろいろな運動を行い、特に自分自身の体をコントロールできる運動能力を身に付けておかないと、日常生活で大けがにつながるリスクがあります。また、幼い時期からスポーツに親しんでおくことで、運動する習慣が身に付き、将来的に肥満や疾病を防ぐことにもつながります。2つ目は、人格形成において体育・スポーツが果たす役割は大きいということ。順番を守る、ルールを守りながら、仲間と力を合わせるという経験は、社会の発展においても重要です。3つ目は、適度な運動が脳の発達に良い効果をもたらすこと。開発途上国においても、大学等へ進学し、学歴を有することがその後の収入に大きく影響します。また、「運動する暇があったら勉強するべき」という風潮も多くあります。しかし、脳科学では運動が記憶力などの能力向上に貢献すると証明されており、正しく運動を行うことは学力を高めることにもつながるのです。

スポーツがもたらす、社会的な価値

 スポーツ国際開発学の研究は海外を対象にすることが多く、国内で完結する研究と比べて日本の教育の良さや課題がよく分かります。日本の強みは、スポーツが教育の延長線上にあること。学校の授業の中で教わるので、「正しく」スポーツを行えます。勝ち負けを競うスポーツは、場合によっては争いや暴力のきっかけとなり、社会を悪い方向に導く危険性もありますが、それを正しく良い仕組みとして構築できる日本の体育科教育は素晴らしいと思います。

 一方で、部活動などで、不必要に厳しい指導が行われ、スポーツが本来持つ楽しさや自由が失われているケースもあり、課題も感じています。私の研究の一番の目標は開発途上国の教育を改善することですが、比較検討によって得た客観的な評価の視点を活用し、日本の体育科教育をより良くすることにも貢献したいと考えています。

 また、スポーツの価値を提示することも目標の一つ。スポーツには「遊ぶ」「楽しむ」などの要素もありますから、社会課題や経済的困難を抱える国ではどうしても優先順位が低くなります。また、数学などの科目とは違い、体育科教育は効果が目に見えづらく、即効性もありません。それでも、体育やスポーツが浸透することで社会に与える影響は確かにあります。例えば、スポーツには健康維持や競技力向上という側面以外にも、集客力を活用して地域経済の発展に寄与したり、競技への参加を通じて民族同士のわだかまりを解いたりと、社会課題を解決する力があります。それを客観的に捉えるのがスポーツ国際開発学の研究です。

スポーツ国際開発学は、可能性を秘めた未発達の分野

 私が専門とするスポーツ国際開発学は、先行研究がまだまだ少ない未発達領域なので、いろいろなことに挑戦して、新しい分野を開拓していかなくてはなりません。ぜひ挑戦意欲のある学生に入学してほしいと思います。英語に自信がなくても、入学後に学べばいい。若い皆さんは環境さえ整えばあっという間に成長します。本プログラムには留学生がたくさん所属していますので、国内にいながらさまざまな国の人と学ぶことができますよ。

 国際教育開発には、言語教育や地域カリキュラム開発、教育政策などさまざまなアプローチがあります。その中でも体育やスポーツは言語の壁を乗り越えやすく、全世界共通のルールがあるため、取り組むハードルの低い分野です。何より、やっていて楽しい。国や文化が違っていても共通理解を生みやすいので、国際協力の導入に適していると思います。他の分野と連携すれば相乗効果も期待できるでしょう。皆さんも一緒に体育やスポーツの持つ価値を考えてみませんか。

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