川合 紀宗 教授

大学院人間社会科学研究科
国際教育開発プログラム

川合 紀宗 教授

専門分野:特別支援教育、
インクルーシブ教育

「学びにくさ」「生きにくさ」を感じている
全ての子どもたちへ充実した教育支援を

生きにくさを感じる人々の支えとなる

 私の主な研究テーマは言語障がいのある人への特別支援教育です。社会生活を営む上で重要となる言語運用やコミュニケーションが困難であると、本人は「生きにくさ」を感じてしまいます。障がいがからかいの対象となったり、生きにくい状況が自己肯定感を低下させたりすることで、自殺にまで至ってしまう場合もあります。

 そこで、本人やその家族が障がいをどのように受け入れているのか、私に何か支援できることはないかと考え、研究を始めました。中でも吃音を研究対象としているのは、障がいのある人の心の内を知るためです。吃音の方々は話すことが苦手なだけで、障がいのない人と同じように思考しているので、障がいや生きにくさの捉え方について聞き取り、障がいのある人に対するより良い支援につなげられるよう研究を進めています。

 私の研究室では、主にインクルージョンや特別支援教育に関心のある学生が世界中から集まります。彼らのほとんどは留学生で、修了後は多くが本国の特別支援教育や教員養成に携わります。指導の中で伝えているのは、子どもに寄り添ってほしいということ。発話やコミュニケーションに障がいのある子どもは、自分の気持ちをうまく言葉に置き換えられず、暴力で示してしまうこともあります。そうした表面的な行動で判断せず、子どもが本当に訴えたい内容をしっかりと理解することが効果的な支援につながります。また、子どもからの発話がないとつい大人の方から話しかけてしまいがちですが、それではいつまでも子どものコミュニケーション力は育ちません。言語での表現がなくとも、表情や視線など細かな子どもの動きを捉え、別の形でのコミュニケーションをじっくりと待つ努力も必要なのです。

制度や技術で教育支援を変えていく

 私は本学教育学部で特別支援学校の教員養成にも携わっていますが、特別支援教育やインクルーシブ教育を推進するには、さまざまな角度から適切な教育的支援の在り方を検討する必要があります。外部の専門家との協力も一つの方策です。

 例えば教員が特別支援学級に在籍している児童に対して個別の指導計画や教育支援計画を立てる際、保護者や本人にヒアリングすることはもちろんですが、過去に通っていた療育センターや幼稚園などの教職員、言語聴覚士や特別支援教育コーディネーターなどの専門家、近隣の特別支援学校、私のような研究者などからの協力を得ることが望ましいと考えます。複数人の専門家がチームを組み、多層的な指導・助言を行うことで、本人にとってより適切な支援を行うことができます。このような仕組みは既に作られているのですが、ボランティア精神に頼る部分が大きいのが現状です。全ての子どもたちに十分な支援を行き渡らせるため、連携に専従できる人材や部署を設けるなど抜本的な改善が必要だと感じています。

 また、教育制度の改革も欠かせません。通常の学級にも、障がいとは診断されていないものの、学びにくさや生活のしにくさを抱えた児童生徒が小中学校に約6.5%います。そのような児童生徒にも支援を行うべく、現行の学習指導要領では、全ての学校において特別支援教育を推進することの必要性が明記され、そして学習指導要領の解説では、各教科において学びにくさのある児童生徒に対する具体的な支援方法が例示されています。これにより、教員は特別支援教育に関する知識が十分でなくとも、学びにくさを抱える児童生徒に対してどのような工夫を行えばよいかをご理解いただけようになりました。中央教育審議会の専門委員として、文部科学省に対して直接提言できる機会がいただけたのはありがたいことです。今後も特別支援教育のカリキュラムや指導法の改善に関する研究成果を還元し、全ての子どもたちにとって学びやすい教育を実現していきたいです。

 今後はデジタル技術を用い、特別支援教育のDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めたいと考えています。例えば、VR(仮想現実)を用いた発声発話練習。吃音のある人の中には、1人だとすらすらしゃべれるのに、人前など特定の場面でのみ症状が現れるという人も多く存在します。そこで、VRで苦手な場面を再現できれば、1人でも練習が可能です。コロナ禍を通して、本人のみで発声発話練習ができる環境作りも必要だと感じました。このようなバーチャルな環境で学べる技術が発達すれば、教育実習などにも応用できるでしょう。また、インクルーシブなデジタル教科書の開発も期待されています。デジタル教科書には、音声や動画を活用することで、より分かりやすい授業が実現できるなどのメリットがあります。教科書の開発には、特別支援教育だけでなく、教科教育や心理学、情報工学の研究者にも携わっていただきたいと考えています。

誰ひとり取り残さない教育を実現する

 国際教育開発プログラムでは、インクルーシブ教育に重点を置いて研究を行っています。これは、人種や性別、障がいの有無などに関わらず誰ひとり取り残さない教育のことで、もともとは特別支援教育において、障がいのある児童生徒と無い児童生徒が同じ教室で学ぶことを指していました。

 そこから派生し、マイノリティに当たる人々がマジョリティに当たる人々と共に学び、教育や社会に包含されることを目的としています。しかし、一概に全ての児童生徒が同じ教室で学べば良いというわけではありません。国の文化や宗教などによって、教育への考え方や常識はさまざまです。例えばサウジアラビアでは、インクルージョンを推進するために、障がいの有無を問わず児童生徒が同じ教室で学んでいる学校はありますが、男女を同じ教室で学ばせることには抵抗感が強かったりします。画一的な概念を定めてしまうと、逆に各国の多様性を受け入れられなくなってしまうため、柔軟性をもってより良い教育の在り方を考えていかねばなりません。

 真のインクルーシブ教育を実現するためには、特別支援教育を前面に押し出した現状からいかに脱皮するかが大切だと考えます。インクルーシブ教育のベースにあるのは、学びにくさを感じる全ての生徒に対して支援を行うイギリスの教育文化です。生徒のニーズに対して教育支援を行う考え方はまだ新しいため、あまり研究が進んでいません。病理的な専門知識が必要な従来の障がいに関する研究と比べ、本来間口の広い分野であるはずですが、研究が特定のテーマや手法に偏っている現状があります。私自身は、インクルーシブという考え方を教育制度に取り入れる研究や、子どもや保護者のマイノリティに対する意識の調査、教員研修などを行っています。障がいや特別支援を専門とする研究者だけでなく、ジェンダーなどさまざまな分野の研究者が参画し、学際的に発展させていければと考えています。

 研究に加え、今後インクルーシブ教育の本格導入を考えている国に対して、制度設計の助言なども行っています。例えばインドネシアでは、障がいのある児童生徒が通常の学級に在籍していれば、その学級のことを「インクルーシブ学級」と呼んでいますが、実際に適切な配慮や支援が行えているかまでは突き詰めて考えられていません。そこでインドネシアの教育文化省から依頼を受け、日本の文部科学省と組んで制度設計を行ったり、教員養成系の大学と共同研究に着手したりしています。

 あらゆる多様性が認められ、「違い」に価値が見いだせるようになることがインクルーシブ教育の理想です。少子高齢化によって就労可能人口が減少する日本では、将来さらに海外から人材を受け入れる必要に迫られるでしょう。その時には、自分たちと異なる文化や言葉、肌の色などを受容し、マイノリティに当たる人々と共に日本社会を築いていかねばなりません。そのためにも、将来の日本を担う子どもたちには、インクルーシブな環境の中で学び、マイノリティに対する正しい認識や態度を身に付けてもらいたいと考えます。

多様な学びを社会の発展に役立ててほしい

 国際教育開発プログラムの特徴は、他プログラムと比べて多様な教員が在籍しているところだと思います。グローバルな課題に対して一つの分野に収まらず、さまざまな視点から指導を受けることで、視野が広がるのではないでしょうか。

 本学大学院には主指導と副指導の教員による共同指導制度があり、博士課程の学生は主指導教員1人と専門の異なる教員を含む2人以上の副指導教員から指導が受けられるため、他プログラムとの連携も可能です。教員自身もさまざまな学生を担当することで、新たな学びにつながる部分もあります。多様な専門分野がありつつも、それらが分断されずにつながっているところが本学のユニークなところだと思います。

 教育は未来を創る仕事です。博士課程を修了すると博士号がもらえますが、学位や名誉を得ることが重要なのではありません。自身が学んだ知識や専門性を次の世代のために生かし、社会に役立てたいという志ある人は、ぜひ本プログラムで共に研究に取り組みましょう。

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